8月の読書

By | 8月 24, 2014

昨日はオープンキャンパス。学部の説明を担当することになって、国学院の分厚い人文学的伝統に言及したくて、神道・日本思想・柳田国男・折口信夫をにわか勉強。けっこう、日本思想については、これまで関心がなく、神道についてもよくわかっていなかった。本当は国学院に赴任した段階で、こういうものをあらかた読んでおくものだと思うが、当時はそんな余裕はなく、締切に追われる日々だったのである。ヘイトスピーチやネットウヨや日本回帰や神道ブームなどについてそれなりに考えてきたが、けっこう根が深い問題だと思うようになり、そのバックボーンや、それをどう理解すべきかについて知りたいと思うようになった。この種の本は丸山を含めて大学に何セットもあるが、みんな研究室に入っているか、並んであるのは卒論などで使い古されたぼろぼろの本である。大学図書館というものはすでにある本の買い直しはしないものなので、そういうことになる。神道に関する新書はもはやブームである。どれもよく書けているが、思い切って『神道事典』を買ってみたら、系統的に整理されてあって、全容がわかる。これはうちの大学の編集である。柳田国男も系統的に読みたいと思って角川ソフィア文庫でそろえようとしたが、けっこう値が張る。文庫全集は高いし、読むのに骨が折れる。そこで四六判の70年代の「新編 柳田國男集」を買った。文庫でそろえるのの三分の一の値段でゲットできた。ちくまのこの判型が好きで、字も大きくてよい。折口信夫は1冊持っていたが、私の読書力を超えていることがそれでわかったので事典にした。事典だとまずまずわかる。文庫本全集は出回っているが、読めそうにない。まあ、凄い仕事ぶりである。それらの位置づけや評価について知りたいと思って丸山真男の講義録も買った。これはとてもよい。講義録だから信頼性が薄いという人もいるけれども、学術的な仕事というものは、みんな「集合知」だと思うので、私はそれでよいと思っている。講義録は論文と違って説明が丁寧だし、なによりも「通史」として構成されるので、断片的ではないのがいい。中身もとてもよい。私は丸山ファンが好きでないのと、日本政治思想そのものに興味がなかったので、世の中の丸山ブームとは無縁だったが、ここにきてぐっと評価が高くなった。やっと問題にしているものが何であるかについて私がたどり着いたということにすぎないのだが。和辻哲郎の『日本倫理思想史』は文庫になったからいつでも読めると油断していたが、気がつくと二分冊分が品切れている。和辻は昔から好きで、何度全集を買おうかと迷ったものだったが、岩波文庫が文庫化してくれたので、それについて行くことにしていたのである。今回は文庫でそろわないので、もとの単行本を買った。なじみの思想家のところを拾い読みしてみたが、さすが和辻哲郎、ちゃんと原典を読み込んで要所をおさえている。これは倫理思想。これの先駆形に当たるのが津田左右吉の『文学に現はれたる我が国民思想の研究』であることを知って、ボックスで古本を購入。3500円。これ、けっこう力作である。きちんと「通史」になっている。江戸思想史も私にとって空白地帯で、しかし国学はまさに江戸思想。和辻に言わせると鎖国の産物である。ここらあたりはベラーの『徳川時代の宗教』とかぶる。さっそく研究室においたままになっていたのを持ち帰ったところ、けっこう新鮮である。ウェーバー「プロ倫」の日本への適用という文脈でしか読んでこなかったのである。けっこう私の頭も社会学のディシプリンでがちがちだったようだ。ほんとうは柔軟にならなきゃいけないんだけどね。このあたりの読書の困難は、日本思想を語っている人そのものが研究対象になり、その研究が研究対象として評価されるといった連鎖が深いことである。どんどん対象そのものから離れて論者そのものへと問題がすり替わってしまう。だから私としては、このくらいにして、飛ばせるものは飛ばして読もうと思っている。